高畠華宵の常設ルームも併せてご覧いただけます。

弥生美術館

〒113-0032
東京都文京区弥生2-4-3
TEL.03-3812-0012
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp

植木先生に会えるよ!
各日14:00〜 ギャラリートーク&サイン会

?2月12日(日)?3月17日(土)?3月24日(土)[詳細は当館HPで]

国書刊行会より展覧会にあわせて画集出版予定!


昭和28年12月号の『痛快ブック』に初登場以来大ヒット連載したチャンバラ時代活劇「風雲鞍馬秘帖」は、新鮮な驚きをもって少年読者を夢中にさせました。
その作者こそ、当時絶大な人気を誇った劇画師・植木金矢(1921年〜/別名・寺内鉄雄、最上元)です。
銀幕の時代劇スターをモデルにした登場人物の息詰まる大決戦、バッタバッタと悪人を斬り倒し画面から飛び出しそうな大迫力の立ち回り、スピード感あふれる抜群の描写力・・・この痛快で新しい絵物語のスタイルは、劇画の草分けとして認められるものです。
本展では、チャンバラ時代活劇や挿絵、人の世の無情と不条理をえぐり出し正義を追究した入魂の劇画群を中心に、ライフワークの日本画やオリジナル映画ポスターなど、約450点を一挙公開いたします。
90歳を迎えた現在も、新たな創作に挑戦し続ける植木金矢
デビューから現在までの画集を追う初めての本格的展覧会です。


竹久夢二美術館では、


夢二と大正時代?
港屋絵草紙店と大正ロマンの夢二デザイン
ー大正元〜4年を中心にー

夢二と「大正時代」
竹久夢二と大正時代を再発見!


二〇一二年は、大正元(一九一二)年から数えて、ちょうど一〇〇年を迎えます。
大正時代(一九一二〜一九二六)は、明治と昭和に挟まれた、わずか十五年という短い年月でしたが、西欧文化流入し、近代化が進んで個性と自由が尊重された時期ということもあり、現在の暮らしの原型ともいえる要素が多く登場し、また短い期間ながら様々な出来事もありました。
大正ロマンを象徴する画家・竹久夢二(一八八四〜一九三四)は、まさしく大正期を中心に活躍し、この時代の寵児となりました。
夢二の作品や足跡を辿ることによって、大正時代の出来事や風俗、また流行が鮮明に伝わってきます。
★★★
当館(弥生美術館)では一年を通じて、夢二と大正時代を再発見していきます。
二○一二年一月より、年四回開催する企画展で、大正を四つの時期に分けて、夢二の残した芸術また人生の歩みを、時代の出来事と併せて紹介していきます。
館所蔵の大正時代の夢二作品や資料の数々を、ぜひご覧下さい。


学芸員によるギャラリートーク

1/8(日)、2/12(日)、3/11(日)15時より


竹久夢二美術館

弥生2-4-2

Tel:03(5689)0462


2月12日(日)の私の予定は、二時から弥生美術館のギャラリートーク&サイン会に参加し、午後三時からは、竹久夢二美術館のギャラリートークに参加。
午後四時からは、出版美術研究会の会合に参加します。


さて、同じ日【のらくろ館】のある東京都江東区森下文化センターでは、企画展の最終日となります。


【私の龍馬イラスト展inお江戸 オープニングパーティ@森下文化センター】


セッショントーク
「時代を切り開いた先駆者たち〜ガロ・COM マンガの時代」


出演 南 伸坊(イラストライター)/長谷邦夫(漫画家)/手塚能理子(「アックス」編集長)
進行役:サエキ けんぞう


主催・企画・制作
有限会社パールネット(プロデューサー サエキけんぞう)
イベント協力 青林工藝舎
共催 公益財団法人江東区文化コミュニティ財団/森下文化センター

が先月開催されました。

今年の長谷邦夫先生からの年賀状には、


{『あるマンガ家の自伝 =桜三月散歩道』(水声社)が12月22日刊行です。
400字×千枚弱・写16ページの大冊となりました。
お読みいただけたら光栄です。
マンガ単行本も執筆中。
トキワ荘の真実・ファンタジー・パロディ!!!
で一冊。
版元決定で144Pは入稿のこり五月ごろには・・・・と。

長谷邦夫

2012・正月}


と有難いメッセージをいただいていたので、会場で著書(定価3500円+税)を購入し、サインをしてもらう。(笑)

私は、井上陽水さんのアルバム【氷の世界】に収録された「帰れない二人」や「おやすみ」と共に長谷邦夫先生が作詞した「桜三月散歩道」が大好きで、中学生の頃はいつも陽水さんの曲を聴きながら、永島慎二先生の作品世界に傾倒していた。
さて、当日のイベント終了後、サエキけんぞうさんに初対面の挨拶、名刺交換をしに行くと、光栄にもスタッフの打ち上げにまで誘っていただけました。(笑)
打ち上げの参加者は、漫画家の先生方にバンドのアーティストのメンバーなど壇上の舞台に上がっていた方々に、書籍の出張販売をしてくれた出版社の編集者の人達など少数精鋭の20名強?
私は、幸運にも長谷邦夫先生の右隣の好位置をキープ。

正面には、2月3日(金)〜から【伝説の雑誌「COM」展」を明治大学米沢嘉博記念図書館1階展示コーナーで開催するスタッフの斎藤宣彦氏。
生前の米沢さんとは、私も、面識がありました。
本来、私が監修した【少年画報大全】は、米沢さんに依頼されていたもの。
コミケ代表など多忙を極めていた米沢さんは、直ぐに企画を進行させることが出来ず、数年間お蔵入りの状態のため、大物研究者である米沢さんの代役として私、本間正幸が急遽大抜擢され幸運なデビューを飾ることが出来たのです。

さて、私の右側には、水声社の編集の方々、富崎NORI先生とも名刺交換。
帰りの電車では、花くまゆうさく先生と秋葉原駅までご一緒しました。
今回のイベントは、アーティストのコンサートなど盛り沢山の内容でとても割安感あり。
全ては、司会のサエキけんぞうさんのお人柄と、青林工藝舎社長の手塚能理子さんの人脈がそうさせたのか?とても楽しい一日となりました。
トーク内容についても、マニアック過ぎずに会場に来た多くの人達が楽しめる内容で前回のイベントとは違って大盛り上がり。
今回はお世辞抜きに本当に楽しいイベントで総合100点満点の大満足評価!(笑)

【私の龍馬】イラスト展inお江戸

2012年1月27日(金)〜2月12日(日)9:00〜21:00

1階 展示ロビー 入場無料
龍馬・幕末関連のマンガ、150冊ご用意
ご自由にお読みいただけます!

「私の龍馬イラスト展」

が、東日本大震災チャリティー企画として復活します。
待望の東京展には新たな作品も加わり、これまでの規模を大きく上回る総勢50名以上の漫画家、イラストレーターが描き下した「坂本龍馬」が大集合いたします。


今回から参加のアーティスト

出品アーティスト一覧

〈漫画家〉

いしかわじゅん、うえださと士、ウノカマキリ、江波じょうじ、大石容子、沖山潤、おだ辰夫、川崎タカオ、後藤友香、久住昌之、齋藤裕之介、とりみき永田竹丸長谷邦夫ひさうちみちお、堀道広、南伸坊、向さすけ、山根青鬼

イラストレーター〉

さくらせかい

これまでの出品アーティスト一覧

〈漫画家〉

江川達也江口寿史蛭子能収大岩ケンジ清原なつの久保ミツロウ西原理恵子島田虎之介しりあがり寿新條まゆ根本敬花くまゆうさく東村アキコ魔夜峰央本秀康柳内大樹やなせたかしやまだないと山本ルンルン、ユキムラ、吉崎観音吉田戦車若杉公徳

イラストレーター〉

上野アモーレヒロスケ、小田切竜太郎、黒崎玄、佐野良之、真珠子、たま、寺門孝之、富崎NORI、POP

特別出品[書]:TAKAHIRO(EXILE)
以上、五十音順 敬称略

江東区森下文化センター

〒135ー0004
東京都江東区森下3ー12ー17

Tel:03ー5600ー8666

午前9時〜午後9時

http://www.kcf.or.jp


現在の私の専門領域は、無声映画時代からの映画やアニメーションと大正・昭和の少年少女雑誌、少年少女小説、街頭紙芝居に絵物語、挿絵に音楽、ラジオ、テレビ、そして漫画史の研究になります。


《序章》

これから日本の戦後の漫画史、特に少年雑誌の歴史を知る上での必須アイテムになる一番有効な書籍は、私、本間正幸が監修し2001年に発売した


【少年画報大全】(少年画報社)定価2900円


である。
発売時に朝日新聞始め、毎日新聞、読売新聞夕刊、日本経済新聞や、雑誌の書評など当時の様々なメディアに大きく取り上げられた。
発売十年を過ぎてもロングランを続け、現在は三刷。
発行部数は軽く一万部を越えている。


大学教授の肩書きを持つ著者の本が、発行部数三千部で増刷もなく、発売数年で自由価格本となり、絶版の道を辿っているのは何故か?
多くのマンガ評論家の研究本の類と【少年画報大全】とは、明らかに一線を画しているのである。
紹介した漫画家さんや作家さんの本など、毎年のように復刊され続け、美術館や博物館などの企画展も開催されている。
藤子不二雄A先生の【怪物くん】や望月三起也先生の【ワイルド7】の実写映画化など、私が特集を組み、インタービューした先生方は、今や再ブームが起きているのだ。
ここ十年来、今だ【少年画報大全】を越える実証的な少年雑誌の研究書は出てこない故、今も古さを感じさせないようだ。
別冊付録として付けた

【冒険活劇文庫】(昭和23年8月発行)創刊號のオリジナル本は、当時の市場価格が数十万した稀少本。


それまでの漫画研究本と、【少年画報大全】が一線を画した理由、それは実証的なデータと徹底した図版重視による初の漫画史研究本であるからだ。


戦後、日本の漫画が諸外国と比べ、独特な変化を遂げることが出来たのには、手塚治虫先生の登場だけでなく、戦前からの街頭紙芝居【黄金バット】や【ハカバキタロー】の影響があることをいち早く提唱した。
街頭紙芝居から、【黄金バット】や【少年王者】、絵物語オリジナルとなる【地球SOS】が誕生。
絵物語が昭和20年代少年雑誌の世界を席巻し、昭和30年代前半に【赤胴鈴之助】の空前の大ヒットで漫画が一般の人達の間でも市民権を得る。
戦前からの流れを汲む大資本の出版社から出ていた少年雑誌『少年クラブ』や戦後生まれの『少年』などは、A5版で読み物や少年小説など活字が主体のままだった。
戦後、街頭紙芝居の大ヒット作【黄金バット】を看板に、絵物語中心、判型が一回り大きなB5判で新たに立ち上げられた革新的な少年雑誌が『冒険活劇文庫』である。
後に『少年画報』へと発展し、僅か十年足らずで日本一の少年雑誌へと急成長を遂げる。
けれども、世の中が落ち着きを取り戻し、人々の生活水準が向上すると、大資本系列の光文社発行の少年雑誌『少年』へとその王座を譲り渡さなければならなくなる。
戦後の少年雑誌の歴史は、とてもドラマチックであり、史料も煩雑となるため、正しい全貌を把握するには、ある程度の専門性と知識が必要とされる。
戦後の少年雑誌において、漫画史的に一番重要な雑誌は『冒険活劇文庫』と『少年画報』の歴史である。
『少年』は二番手となり、『漫画少年』が、その後に続く。
少年週刊誌誕生となれば、『少年マガジン』『少年サンデー』『少年キング』『少年ジャンプ』『少年チャンピオン』の五大少年週刊誌の歴史を押さえればいい。
そして『ガロ』と『COM』『ヤングコミック』に『ビッグコミック』の青年誌の流れも押さえておけば、入門編(笑)はOKだろう。


映画と漫画史研究家


本間正幸